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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)4298号 判決 1967年7月10日

原告 村上広志

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 江口保夫

同 島林樹

被告 蛯原運送株式会社

右代表者代表取締役 蛯原喜三郎

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 黒沢敦

主文

被告らは各自原告らに対しそれぞれ金八一六、七〇〇円ならびに右各金員に対する被告蛯原運送株式会社および被告粕谷真三郎は昭和四一年五月二三日より、被告蛯原喜三郎は昭和四一年一二月一六日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら、「被告らは各自原告らに対しそれぞれ金三、一七四、五五四円、ならびに右各金員に対して被告蛯原運送株式会社(以下被告会社という)および被告粕谷真三郎は昭和四一年五月二三日より、被告蛯原喜三郎は昭和四一年一二月一六日より右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告ら、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実中、本件自動車の左後輪が元三の頭部を轢過したか否かは別とし、その余はすべて当事者間に争いがない。

二、同第二項の事実は当事者間に争いがない。従って被告会社は免責の抗弁が理由ありとされぬかぎりは本件自動車の運行によって生じた元三の死亡による損害の賠償の責任を負わねばならない。

三、次に、右事故の発生につき被告粕谷に過失が存したか否かについて判断する。≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

本件交差点は中野通りと称する哲学堂方面から中野駅方面(東から西)に向う歩車道の区別のある巾員歩道左右両側各四米、車道一二米の道路と中野刑務所方面から新井薬師前駅方面(北から南)に向う道路とがほぼ直角に交る個所で、交差点から新井薬師前駅方面に向う道路は歩車道の区別があり、巾員歩道左右両側各二・五米車道六・八五米である。そして中野通りには交差点の各入口近くに横断歩道が設けられているが、これと交差する道路には横断歩道は設けられていなかった。被告粕谷は本件自動車を運転して哲学堂方面から中野駅方面に向け本件交差点にさしかかり、これを左折したのであるが、その左折開始前に、左側歩道上を中野駅方向に向って元三外二名の児童が本件自動車には気付くことなく話に夢中になりながら歩いているのを認めた。しかしその児童らが中野駅方面に向い直進するか(そうとすれば車道を横断することとなる)それとも左折して新井薬師前駅方面に向うか(そうとすれば歩道上を左折すればよく車道に出る必要はない。)を確かめることなく、助手席にいた訴外岩間正が左手を助手席より外に出しているのを見て、左方の安全を軽信し警音器を鳴らすこともなく時速約一〇粁の速度で左折を開始した。ところで本件自動車は全長八・〇五米で運転席は右側にあるため、左折の動作に入ってからは、被告粕谷の位置からは元三らの姿は死角に入って見えなくなったのであるが、被告粕谷は視線を前方に移し、わずかに一度歩道の縁石の角を左後車輪が無事に通過したか否かをバックミラーによって確かめたのみでその間歩道から車道に出た元三に気付かず進行して本件事故を惹起させるに至った。

以上のような状況下にあっては、運転者としては、警音器によりまたは岩間を介し児童らに自車の存在を確知させ、児童らが停止するのを確認した上で左折進行するか、そうでなければ一旦停車して児童らに道を譲ってやるかまたは岩間に児童らの行動の確認を指示し、児童が自動車と接触するおそれのある地点に至ったときはいつでも停止しうるような用意をしつつ進行する等の措置をとるべく、しかも、本件自動車のような大型車を運転して児童の近くを通過するのであるから事故の発生を未然に防止するような特段の注意をすることが必要であったのに、被告粕谷はこれを怠った過失があり、これによって本件事故を惹起させたというべきである。

四、被告蛯原の地位について判断する。

被告蛯原が被告会社の代表取締役であったことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば被告会社には本件事故発生当時役員としては代表取締役の外、取締役二名がいたが、いずれも被告蛯原の子であり、資本金四〇〇万円の大部分は以上の取締役三名の出資にかかるいわば家族的の会社で、運転者一八名程度を擁して貨物運送事業を目的とし、運転者を直接監督するのは専務取締役の訴外蛯原竹男であるが、被告蛯原もまた同専務を通じ、また直接運転者に対する監督その他事業を監督していたと認めることができる。従って被告蛯原は民法第七一五条第二項にいわゆる使用者に代って事業を監督する者であったということができる。

五、被告らの抗弁について判断する。

(一)、免責の抗弁

前示のとおり、被告粕谷には本件自動車の運行に関し注意を怠ったことが認められるので、被告会社の免責の抗弁は理由がない。

(二)、過失相殺の抗弁

前記第三項において認定した事実、≪証拠省略≫によれば、元三は友人二名と話しながら哲学堂方面から中野駅方面に向い車道左側の歩道を歩行して本件交差点に近づいてきた、そのとき本件自動車は元三の前面の歩道縁石に近接した車道部分においてすでに左折を開始しその車体前半部は同人の進路を塞ぐような体勢で進行していたのであるが、元三は歩道から車道に一歩左足を踏み出した後真うしろにふり返った。この時の同人の位置状態は、右足は歩道縁石の上、左足は歩道より五・六〇糎離れた車道上にあり、よろけるような姿勢で、しかも本件自動車車体左側中央部分と至近距離にあった。その直後同人の肩の付近が進行中の本件自動車の左後車輪フエンダー付近と接触し、これによって元三は転倒し、頭部を轢過されるに至ったことが認められる。以上の事実からすれば、元三は特に横断歩道に指定されていないところで車道を横断しようとするに際し、付近を進行する自動車の有無およびその動静を十分確認し、安全であることを見きわめてから車道内に進出すべく、しかも本件にあっては本件自動車がすでに眼前を半ば通過しつつあったのにかかわらず、かかる近接した位置に自動車があるかどうか、またその動静に十分意を払うことなく、車道に一歩を踏み出したため本件事故に遭ったものであり、他方当事者間に争いのない同人の年令が当時九才余であった点から、十分の事理弁識能力があったと推認されるのであるから、前示の注意を怠った元三についても、その被害につき過失を認めうべく、しかもその過失は本件事故発生の原因としては比較的重大であったといわねばならない。右元三の過失と前認定の被告粕谷の過失とを対比すると、双方の過失の度合は大体において半々であると認めるのが相当である。

六、本件事故によって生じた損害について判断する。

(一)、逸失利益

≪証拠省略≫によれば、元三は昭和三一年四月四日生れの男子で、小学校三年在学中であったことが認められ、≪証拠省略≫(厚生大臣官房統計調査部管理課昭和三八年度簡易生命表)によれば、満九才の男子の平均余命は六〇・六七年であることが認められる。そして原告村上広志本人尋問の結果によれば、元三は健康で学校の成績も中以上であったことが認められるから、もし本件事故に遭わなければ、右の同年令のものの平均余命程度生存し得て、昭和四七年三月には中学校を卒業し、同年四月一日から五四才の昭和八五年三月三一日までの三八年間に亘って職業に就いて収入を得たであろうと推認される。(≪証拠省略≫によれば、元三の父である原告広志は専修大学専門部卒業の学歴を有し東京都財務局管財部処理第一課主査の職にあり、また元三の母である原告フサ(同経理部庶務課勤務)は元三の将来の高校、大学の進学にそなえ年金額五〇、〇〇〇円および二〇、〇〇〇円の二口の郵便年金契約を結んでいることが認められるけれども、右の事実のみによって元三が将来大学を卒業し、かつ大学卒業者相当の収入をえられたであろうとは必ずしも推認し難い。)

よって右の前提で元三のうべかりし純収入を、右認定の元三の健康、成績、その父の学歴、父母の職業およびこれに原告ら採用にかかる労働大臣官房労働統計調査部編纂の「昭和三九年四月賃金構造基本統計調査」(第六二表)(≪証拠の表示省略≫)に基づいて考えると、同表に示されている、製造業に従事する男子労務者の中学卒の学歴を有する者の平均月間きまって支給される現金給与額金二九、〇〇〇円(なお参考までに付加すると同じく男子職員の中学卒の学歴を有する者の平均月間きまって支給される現金給与額は金四〇、九〇〇円)から右収入をうるに必要な生活費を五割程度とみてこれを控除した残金一四、五〇〇円を基礎とし、その前示三八年分すなわち四五六ヶ月分につきホフマン式計算法によって年五分の割合による中間利息を月毎に控除してえた右期間当初の現価である金三、七〇〇、四四七円(小数点以下四捨五入)程度と推認するのが相当である。もっとも年少者の場合初任給は平均労賃よりも低い反面、次第に昇給するのが通常であることは公知の事実であり、また一方収入をあげるに要する生活費は、若年の場合は収入に比し生活費の占める割合は多く、結婚し家族構成が増えてゆくに従って、世帯主としての生活費の額は多額になる半面収入は増加してゆくので右収入に対する割合は減少してゆく傾向にあることは経験則上明らかであるけれども、元来いかなる職業につくか、何時結婚し、何人の子供を持ち、いかなる生活を営むか予測できない者につき、あえて将来の純収入を推計しようという場合であって、仮に複雑困難な推定や計算をしてもその正確性は保証し難い場合なのであるから前示のような統計上の平均値のうち比較的控え目な数字を基礎として算出した額と同程度のものを元三の純収入と見ることが計算も簡単明瞭であってしかも蓋然性を失わず却って合理的、合目的的でもあるということができる。そして右の数額からさらに元三の死亡時より右基準時まで(丸七年として計算する)の年五分の割合による中間利息を控除してえた金二、七四〇、〇〇〇円(金一〇、〇〇〇円以下切捨て)が元三の死亡時における同人の得べかりし純収入の現価であり、同人は死亡によりこれを失ったものである。しかるに本件事故については前示のように被害者たる元三に過失があるので、これを斟酌するときは、被告らに対し賠償を請求しうる損害は、そのうちの金一、四〇〇、〇〇〇円とするのを相当とする。

(二)、被告らの相続

原告らが元三の両親であることは当事者間に争いがない。従って原告らは相続により前記金一、四〇〇、〇〇〇円の各二分の一にあたる金七〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求権をそれぞれ承継取得したと認められる。

(三)、慰藉料

以上認定の本件事故の体様、その他の諸般の事情に、原告村上広志本人尋問の結果を総合し、さらに被害者の前示過失を斟酌すれば、原告らは元三の死亡により多大の精神的苦痛を蒙ったことおよびその苦痛に対する慰藉料としては各自金五〇〇、〇〇〇円宛の支払を受けるのが相当であると認められる。

(四)、葬儀費用等

≪証拠省略≫によれば原告らは元三の葬儀費用等として昭和四一年五月八日までに請求原因第五項(四)(1)ないし(6)記載のとおり合計金五六三、〇一三円の支出をした事実が認められる。右支出のうち(6)の墓地購入費等の金二六五、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係にある損害とは認め難く、またその余の(1)ないし(5)の支出のうち本件事故と相当因果関係にある損害というべきはそのうち金二〇〇、〇〇〇円の範囲内に限るというべきである。

よって原告らは右金員の二分の一にあたる金一〇〇、〇〇〇円宛の損害を蒙ったものであるところ、被害者の前示過失を斟酌すれば、原告らはそのうち被告らに対し金五〇、〇〇〇円宛の賠償を求めることができる。

(五)、弁護士費用

よって原告らは各自被告ら各自に対し右(二)ないし(四)の合計金一、二五〇、〇〇〇円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らがこれを任意に弁済しなかったことは弁論の全趣旨から明らかであり、≪証拠省略≫によれば原告らはこの請求のため、東京弁護士会所属弁護士江口保夫に対し本訴の提起を委任し、着手金として各金一〇〇、〇〇〇円づつを支払ったことが認められ、これまた本件事故により原告らが蒙った損害と認められ、その金額の賠償を被告らに対し請求しうるものとするのが相当である。

以上請求権の合計は原告ら各自につき金一、三五〇、〇〇〇円となる。

(六)、しかるに原告らは、昭和四一年一一月一九日本件事故に基づく自動車損害賠償責任保険金一、〇〇六、六〇〇円を受領し、又被告会社より見舞金として金五〇、〇〇〇円、香典として金一〇、〇〇〇円を受領し、これらが前記慰藉料に充当さるべきことを自認するので、その各半額をそれぞれ原告らの慰藉料に充当すると慰藉料は全部消滅し、残余は葬儀費用等に充当することとするとその残額は原告ら各自につき金一六、七〇〇円となる。

以上により原告らの被告らに対する請求は、各逸失利益の損害金七〇〇、〇〇〇円、葬儀費用等の残金一六、七〇〇円、弁護士費用の金一〇〇、〇〇〇円以上合計金八一六、七〇〇円ならびに被告会社および被告粕谷に対しては右各金員に対する損害発生後であることが明らかな昭和四一年五月二三日より、被告蛯原に対しては右各金員に対する前同様昭和四一年一二月一六日より右各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 安田実 原田和徳)

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